いつの頃からだったろうか、テレビ局の女子アナがタレントまがいの仕事をすることになってしまったのは・・・。
記憶を紐解くと、恐らく1980年頃からの漫才ブーム(漫才が、MANZAIと表記された頃)に登場したフジテレビの『オレたちひょうきん族』からが本格的なのかなのかなという気がする。以来、各局の女子アナは「準芸能人」としてバラエティに登場した。日テレにいたっては、DORAなる女子アナ3人によるボーカルユニットまで作ってしまった(恥)。
元々、アナウンサー志望なぐらいだから、人前に出るのは嫌いではないと言うよりも好きなはずだから、彼女たちも自分の役回りに不満すらなかったのだろう。局側もタレントに高いギャラを払うよりも自局アナを給料内で起用できたほうが安上がりだから好都合。人前に出たい女子アナと安く番組を作りたい制作側・・・両者の思惑が見事に一致するのだからこんなに良いことはない。
これらの傾向は、今の時代まで続いている。女子アナ=準芸能人・・・が、今では、女子アナ=芸能人予備軍となったと言っても過言ではないだろう。ついでだが、何で女子アナはプロ野球選手とくっつくのだろうか・・・。
中には数少ないが(ホント少ない)、バラエティ要員の女子アナから見事にジャーナリストに変身した人もいる。この人はまさにバラエティ女子アナとしての第一人者であったが、元々はジャーナリスト志望であった。昭和64年の昭和天皇崩御の際、大喪の礼の儀式中継時に各局の女子アナもこの日ばかりは本来のアナウンサー(いわゆる報道寄りの位置付けね)として沿道で中継要員を担当していたが、この人は、あまりにもバラエティー色が強かったからか、その中継要員から外されていた。このことが、退職への判断を早めたかどうかは分からないが、ジャーナリスト志望の本人してみればかなりツライことだったのではないだろうか。
退職後は、スローな歩みにも見えたが、今では本人の志通り、日本で数少ないジャーナリストとなった。
今、テレビでアホキャラ演じている女子ア達ナが、芸能人に転向以外にどのように変身するのか楽しみである。
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