タクシー運転手~約束は海を越えて~
ネタバレ度:★★(3点が全バレ)
満足度:★★★(5点満点中)
期待しすぎてしまったんだなぁ・・・。日本での公開後の評判。そして、ソン・ガンホや光州事件というキーワードに過剰に期待しすぎてしまった感は否めない。そして、少しばかり光州事件なんかについて知識があったことも思いがけずの低評価になってしまった理由なのだと思う。
この映画を見る前に或いは見た後も合わせて『光州5・18』や『ペパーミントキャンディー』を見ると、この映画『タクシー運転手~約束は海を越えて~』(以下、タクシー運転手)の見え方もだいぶ違ってくると思う。
光州事件は、1980年(昭和55年)5月に韓国の広州市で起きた事件であり、事件当時は、政府のマスコミ統制により韓国内では、市民たちが起こした「暴動」としか取り上げられなかった。しかし、事件後の民主化に伴い、暴動の真相が徐々に明らかになり「光州民主化運動」と呼ばれるようになった。
この映画は、その事件の真っ只中に事件の真相を暴くべく、光州に向かい取材を敢行したドイツ人ジャーナリストで東京に駐在していたユルゲン・ヒンツペーターと彼をタクシーに乗せて光州に向かったタクシー運転手キム・マンソプの話だ。単に金に目が眩みドイツ人記者を光州まで送り届けるはずのマンソプは光州のタクシー運転手らと知り合うことでいつの間にか命さえ危険にさらしながら光州事件に巻き込まれていく。そして、正義感も相まって、なんとかドイツ人記者をソウルまで送り届ける。
1979年(昭和54年)に朴正煕:パク・チョンヒ元大統領(パク・クネ前大統領の父親)が暗殺された後の混乱期に韓国内では当時の全斗煥:チョン・ドファン大統領の政治に対して市民運動が韓国各地で起きていたが、光州は特に活動規模が大きかったとのこと。実際に、光州のタクシー運転手達の結束は固く、おおよそ200台近くがデモに参加し、怪我した市民らの搬送などに活躍したらしい。ちなみに、『光州5・18』の主人公も光州のタクシー運転手である。
光州での取材を終えて、ソウルに戻ったユルゲン・ヒンツペーターは韓国を出国して、全世界に光州での出来事(軍による市民の武力制圧)動画と記事を配信し世界はこの事件を知ることになるのだった。ソウル・オリンピックが開催されるわずか8年前に、政府によるマスコミ統制などがまかり通っていたことにも興味深い。
さて、この映画は史実に基づいて制作されているわけだが、ちょっとだけ史実をかじった者としては腑に落ちないこともあった。ソン・ガンホ演じるキム・マンソプは自在の人物である。実際のマンソプは、キム・サボク(金砂福)という人だ。このサボクという人がなかなか怪しい。映画では、タクシー仲間の話を耳にして上客であるヒンツペーターを強引に奪い、ソウル・光州間を往復するが、実際は、なんらかの契約があって金浦空港にヒンツペーターを迎えに行っている。どのような経緯での予約かは定かではないが、キム・サボクにはいろいろな背景を持っている人物として史実に登場する。
光州事件より遡る1974年(昭和49年)に起きた「文世光事件」(朴正煕元大統領を暗殺しようとした在日韓国人の文世光:ムン・セグァンが暗殺に失敗。その隣にいた大統領夫人を殺害してしまった事件)で、暗殺犯のムン・セグァンを朴正煕元大統領らがいる式典の会場まで乗せた車(一般タクシーではなくホテルタクシーと呼ばれる車)の所有者がキム・サボクなのである(運転していたわけではない)。
文世光事件と光州事件がキム・サボクという人物を介してにわかに繋がりを見せたのは大変興味深い。朝鮮総連が文世光事件をに関与していたのではないか?更に、光州事件を世界に露呈させることで韓国の政治に大打撃を与えるためにヒンツペーターが送り込まれたのではないのか?との説が存在するのも事実である。映画『タクシー運転手』の主人公2人が史実の中ではどのような役割だったのか・・・と、考えるといろいろ思いは巡る。キム・マンソプ(キム・サボク)がもっと史実に近い位置づけだったら、映画自体もまったく違うモノになっていたのだろう。
同じように話題の『ボヘミン・ラプソディ』(未見)でも1985年のLIVE AIDの時にQUEENのメンバーは、フレディのHIV感染を知っていたと描かれているらしいが、メンバーがフレディから正式に打ち明けられたのはLIVE AIDからだいぶ経ってからだと記憶している。
ドキュメンタリー映画ではないから史実に忠実である必要もないが、どこを事実として、どこをフィクションとして描くか・・・史実の映画化は難しい。
主人公2人が光州からソウルに向かう検問所でオム・テグ演じる政府軍兵士が、タクシーのトランクの中からナンバープレートを偽装した決定的証拠を見つけるが、見なかったこととして通過させる。政府軍の兵士の中にもこの事件について大きな疑問を抱いている者がいたというわずかな証なのかもしれない。
2018年公開。
上映時間:137分。
出演:ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン
■ 予告:
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