イルマーレ / ネタばれ度:★★☆

ミステリーの2大ルール違反として「双子」と「精神異常」という設定があげられる。『イルマーレ』はミステリーではないが「時間軸のズレ」というのもルール違反になるのではないだろうか。タイムトラベル・・・物質文化がここまで発展して不可能などないと言っても過言ではない時代において人類に残された数少ないロマンは宇宙旅行とタイムトラベルではないだろうか。
だからタイムトラベルをテーマにした映画や小説には評価がついつい甘くなってしまう。タイムトラベルをテーマにした映画は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『ペギースーの結婚』を始め、邦画でも『未来の思い出』『時空(とき)の旅人』などがある。これらの映画で共通する課題は、時間軸の中での自分との出会いや知人との出会いがあげられる。この最大のジレンマをどのように解決していくかがタイムトラベルをテーマにした映画の好き嫌いにつながるように思える。
『イルマーレ』においてもこの時間軸のジレンマをどのように受け止めるかが好き嫌いのポイントになるだろう。幸い私めは、うまく自分なりに受け止めることができたので好意的な評価をすることになった。
1999年のクリスマスも近い12月、チョン・ジヒョン演じるキム・ウンジュは住み慣れた海辺の家イルマーレを離れソウル市内に引っ越す。ウンジュにはアメリカ留学中の遠距離恋愛中の恋人がいるが連絡がとれないこともあり彼からの連絡を待つ身でもある。引越しをした後に恋人からの手紙が届くかもしれないという淡い期待を込めて、イルマーレに次に住むであろう住人に宛てて置手紙を郵便受けに入れ伝言をする。内容は、大事な手紙が来たら新しい住所に送って欲しい、と。文末には「1999年」12月21日の日付を記して。
イルマーレの次なる住人は大学の建築学部に在籍しながらも何故か設計には興味を示さず工事現場で働くイ・ジョンジェ演じるハン・ソンヒョンだった。当然、彼は郵便受けに置かれているウンジュからの手紙に気付くが読んでもあまりピンとこない。何故なら彼こそがイルマーレの最初の住人であり、しかも彼の今は「1997年」の12月だったから。
この2人の時間軸は、2年のズレが生じていることになる。郵便受けというタイムマシーンを通じて2人の奇妙な文通が始まる。最初、2人はお互いの時間軸のズレに関して疑問を持つが、興味が先立ち「ありえない」という常識を無視して文通による交際を深めていく。
タイムトラベラーものの見せどころは、時間軸の違う2人をどのようにして遭遇させるかだ。この映画でもそのあたりは面白おかしく描かれている。だいたいの場合は、過去に住む彼ソンヒョンが過去の時代の彼女のウンジュの前に現れる。しかし、過去のウンジュはまだソンヒョンを知らないわけで、彼の存在は周りの通行人や景色となんら変わらない。
そんな2人が初めて未来の時間で会う約束をする。2000年3月済州道のとある地で。ウンジュは待つが過去に住むソンヒョンは現れなかった。何で現れなかったのか?ウンジュはソンヒョンに手紙を書くが、過去の時間に住むソンヒョンには何故、未来の自分がウンジュとの約束を破ったのか考えもつかない。
そして、物語は2人にとって決定的な事件が起きた「ある時間」へと進み、その時に起きた事実を受け止めることになる。
時間軸を超えての遭遇は見る側に相当なジレンマを与える。映画内で起きている事柄をたえず「これでいいの?」「今、どうなっているということ?」と考えながら見続けることになる。当然、矛盾点も多いわけで、最初に書いたが、この点を許容できる要素を映画が持っているかどうかが評価の最大の分かれ目になるのだと思う。私めは、許容範囲だったのでついつい好意的な見方をしてしまう。しかし、その好意的な見方をすることに何の嫌悪感を持たないぐらい素敵な映画に仕上がっていると自分では思っている。
この映画の監督はイ・ヒョンスンという人でこの映画が3作目らしい。残念ながら他の作品を見る機会は得ていない。韓国での公開は2000年で『JSA』と同時期の公開で苦戦を予想されたがそこそこのヒットを記録したようだ。
最後に、イルマーレというのはイタリア語で「海」の意味らしい。海辺にたたずむ家イルマーレ。モダンな建築で最初に画面に登場した時は違和感があった。まず、この家の配管などどのようになっているのだろうかと現実的なことを考えてしまった。しかし、映画を見終わった時は、この家こそがこの映画の通行手形の役目をはたしていたのでがないかと思うようになった。
イルマーレは潮の満ち干によって海上の家であったり、地上の家であったりと2つの顔を持っている。この2つの顔こそがこの映画の時間のズレた世界に住む2人の象徴のようにも思えた。
そして何よりも、「このような家は現実に成立するはずありません。だからこの映画はあくまでも夢の中の世界として見てください」と言うイルマーレから、そして監督からのメッセージのようにも思えた。何でもない映画だったが、心地良い時間を過ごせた好きな映画のひとつに加えたい。
2000年公開。97分。監督:イ・ヒョンスン。
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下町小僧 / なぎら健壱

下町は、ダウンタウンではないと思う。下町は、ただ単に場所の位置を差すものではなくその土地に住む人の気質やその土地の空気をも巻き込んでの言葉のように思える。
「木挽町」、東銀座の一角の旧地名で「こびきちょう」と読む。おそらく関東以外の人には全く縁のない地名であろう。この木挽町に「萬福」という老舗のラーメン屋さんがある。鰹だし醤油味の中華そば屋でいわゆる支那そば屋だ。この店の横路地を入ったところに「下町小僧」の作者、なぎら健壱さんの生家があったらしい。今でこそ東銀座として一括りされているが、その昔は木挽町界隈も下町テイストに溢れていたようだ。
テレビ東京系列で放送の「アド街ック天国」で下町が取り上げられると、そのほとんどになぎら健壱さんはパネラーとして名前を連ねている。今では、昔の過激フォークシンガーとしての顔よりも下町おじさんとして有名になってしまった。
そんななぎら健壱さんが下町の気配や気質を残しておきたいという思いで書き留めたのが「下町小僧」だ。下町の気配や気質は土地開発によってほぼ消滅しかかっているのが21世紀の現状だ。おそらく記憶の中でしか下町は残らないのかもしれない。しかし、この本は完全に下町が記録として残されている。そして将来的に下町の記憶の道標として残りえる本になることだろう。
目次:
前書きにかえて
銀座生まれ
食べ物の思い出1−蕎麦
銀座の思い出(1)
おもちゃ三種の神器
銀座の思い出(2)
食べ物の思い出2−ブルーチーズ
月光仮面
食べ物の思い出3−スパゲッティ・ミートソース
縁日
銭湯
食べ物の思い出4−即席食品
カタ屋
少年探偵団
食べ物の思い出5−コカコーラ
葛飾新宿
食べ物の思い出6−コッペパン
葛飾の思い出
紙芝居屋
食べ物の思い出7−給食
貸本屋
子供の賭事
ベーゴマ
メンコ
ビーダマ
食べ物の思い出8−肝油ドロップ
駄菓子屋
物を使った遊び
銀玉鉄砲
2B弾
ボルト・ナット爆弾
貝割
土団子
食べ物の思い出9−流しの食べ物屋
欺瞞的な物売り(1)
食べ物の思い出10−もんじゃ焼き
欺瞞的な物売り(2)
ブーム
切手
西部劇ブーム
忍者ブーム
マジックヨーヨーブーム
祭り
ブラウン管のヒーロー達
赤胴鈴之助
月光仮面
怪人20面相
あんみつ姫
遊星王子
ジャガーの目
風小僧
まぼろし探偵
少年ジェット
海底人8823
白馬童子
怪傑ハリマオ
矢車剣之助
鉄腕アトム
鉄人28号
七色仮面
アラーの使者
ナショナルキッド
ふしぎな少年
少年ケニヤ
隠密剣士
鉄腕アトム(アニメ)
鉄人28号(アニメ)
チャンピョン太
エイトマン
忍者部隊月光
あとがき
文庫版あとがき
解説 タイム・トラヴェラー なぎら健壱 鹿島茂
目次の項目を読まれていかがだろうか。懐かしい気持ちになられた方はおそらく昭和20年代、30年代生まれの一部の方ではないだろうか。過去を振り返ってばかりいることをお薦めはしないが、たまにはご自身の幼き日の気配を思い出してみるのも良いかもしれない。
世には「癒し系」なる言葉が存在するが、お疲れの皆さんにとってはまさに「癒し系」の一冊だと思う。
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