想像力の欠如

京都亀岡市の少年による無免許運転死傷事故で、加害者少年の父が、被害者家族の家に謝罪のために電話をしてきたとのこと。
場合によっては考えられないことではないが、教えられた電話番号の情報源が警察からだと言うから困ったものである。更に、被害者少女が通う小学校の教頭までもが、死亡した少女の携帯電話番号を教えたとか・・・。
亡くなった少女の父親は、少女の携帯電話に残された着信記録やメール、いろいろなデータを思い出として残しておきたかったとか。それらの汚れなき思い出の中に、加害者家族からの着信履歴が登場したことに憤怒の思いを語っていた。
それにしても、この亀岡警察の心ない行動。誰も何も思わないのだろうか。無神経どころの話ではない。怖いのは、この無神経の源には、想像力のなさが潜んでいることだ。想像力がないから、被害者家族の痛みまで神経が行き届かないのである。
もっと言えば、こんなに想像力がない人達が他の事件も含めて捜査をしても事件の解決は難しいのではないだろうか?想像力がないから、犯人の心中も行動も読めない・・・となるような気がしてならない。
同様に、小学校の教頭にも同じ事が言えるだろう。この者に、何も教えのようなものを語って欲しくない。
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