井の中の蛙

井の中の蛙、大海を知らず・・・意味は今更、言う必要もないだろう。この言葉、そもそもは誰がどのような場面で使うものなのか?己を蛙に見立て、知識見聞を広めるよう自身を鼓舞するためのものなのか。或いは、第三者が他人を見て思いやるものなのか。
どうも後者での使い方が多く、思いやると言うよりも相手を軽んじる場合に使うことのほうが多いように思える。だとしたら、ずいぶん上から目線の言葉ではないか・・・。
馴染みにさせてもらってる店舗の社員スタッフが退職したことを知らされた。ずいぶん、急な話で驚いた。と同時に、そのスタッフと唯一の接点であった店舗を辞めた訳だから、これで、接点は完全に閉ざされたことになる。
いつも思うことだが、人と人との繋がりの脆さと儚さを思うと淋しい気持ちになる。
慣れ親しんだ場所を去ると言うこと。それは井戸の中から大海を見るために井戸から出ようとしたのか?それとも、大海の存在を知ったから外に出ようと決めたのか?理由は分からないが、外に出たことは事実である。
狭いながらも井戸の中の心地良さと、先行き見えずとも可能性も秘める大海を比べて自身で判断したのだろう。その判断に後悔しないことを切に願いたい。そして、井戸の中の他の蛙たちが余波に影響されないことも切に願いたい。井戸の中が決して悪い場所ではないし、むしろ安定を含めて良いことも多いのだから。
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